負の準確率における量子系の考察と、ネルソンの手法によるシュレディンガー方程式の導出

abstract

量子力学おける弱測定・弱値は、準確率分布として負の準確率を取ることがあり、その結果は虚のエントロピーの存在を意味している。虚数は順序数でないため、時間の矢の方向を上手く定義できない。逆にそのことから、量子力学の不確定原理が特殊相対論効果であり、ネルソンの手法によりシュレディンガー方程式を導出できる。

1.Introduction

量子力学において、弱測定・弱値という概念の重要性が高まりつつあるが、弱値において、1以上の確率や、0以下未満の確率が付随することが準確率分布として取ることがあり、これは干渉効果を説明する。ただしこれらの値は総体として、不都合な部分は相殺されるので、問題は発生しないとされている。ここで我々は下記のような、負の準確率を含むが総和が1である\(p_{1}, p_{2}, -p_{2}\)のような系でのエントロピーを考えてみる。 \begin{equation} S = - p_{1}\log(p_{1}) - p_{2}\log(p_{2}) + p_{2}\log(-p_{2}) = -p_{1}\log(p_{1}) + p_{2}\pi i \end{equation} このように、エントロピーが複素数の値を取るため、確率の和がたとえ1となるとしても、全てを消去することは一般的に不可能である。いわゆる時間の矢は、エントロピーの増大する方向に進むとされている。しかし複素数は順序数でないため、"増大"を定義できない。これはすなわち素粒子の時間の進む方向、いわゆる時間の矢の方向を、弱値の場合は定義できないことになる。なお、ここでの順序数とは、数学基礎論における、順序を付けることのできる数の集合を意味する。

2.Method

ここで我々は時間と空間の性質の違いについて深く考えてみたい。両者は相対論的な見地から、同質であるとされるが、時空における粒子の運動を考えた場合、実際は素粒子は空間座標は自由に移動できるが、時間座標に関してはそうではなく、過去から未来へしか移動できない。ミンコフスキー時空では、計量が \(ds^2 = c^2 dt^2 - dx^2 - dy^2 - dz^2\) で与えられ、時間 t は実数座標である。一方で、量子場論では Wick rotation により時間軸を虚数化 (t → -iτ) してユークリッド空間に変換する手法が用いられる。現在これは数学的な便利さから来るもので、物理的な時間の性質を変えるものではないとされている。しかしこの虚数表現は、空間と時間の非対称性を象徴的に示唆する可能性があり、空間はさかのぼれるが時間はそうでないことの性質を、偶然とはいえ表現しているように考えられる。実数は順序数である。しかし虚数は順序数でない。つまり、空間は位置の前後を定義することが可能であるため、前に移動する、後ろへ退く、という運動が容易に区別できるが、時間について言えば、過去と未来を区別することが出来ない、すなわち過去へさかのぼる、未来へ進む、という事が区別できない。
時間が虚数で順序数でないならば、なぜ測定できるのか、という当然の疑問が湧く。虚数は順序を定義できないが、しかしラベルをつけて区別することは可能とされる。つまり時間という値の測定は単に測定した順序に恣意的に順番をつけているだけである。
ここで重要なのは、空間座標が実数であり、時間が虚数であるならば、物理的にも、そして数学的にも、空間座標を時間の関数として置くことは不可能である、ということである。ニュートン力学であれ相対論であれ、従来、物体の運動は時間と空間の関係式により、その軌道は表現されてきた。しかしそれが不可能であるならば、そもそも計算や特定の対象であった軌道というものは意味がなくなる、という事になる。このことは、量子力学の基本であることに注意してほしい。誤解を恐れずに言うならば、量子効果は時間と空間がミンコフスキー時空であるために発生した、と言える。
さて、粒子の動きが決定できないのであれば、その動きはどのような方程式に従うだろうか、という問題に解答を与えなければならない。ここで注意すべきなのは、粒子の位置は"観測結果"ではなく、"観測した場合、どうなるか"という点である。よって座標の値は実数となるが、一意に決定できず、蓋然性に支配されるということであり、その場合、粒子はブラウン運動のような動きをすることになる。そこで、ネルソンの手法が流用できることになる。
粒子の位置 \(x(t)\) は確率過程とみなし、次のような順方向・逆方向の平均導関数を定義する:

2.1 順方向・逆方向導関数の定義

\begin{align} D_+ x(t) &= \lim_{h \to 0^+} \mathbb{E} \left[ \frac{x(t+h) - x(t)}{h} \Big| \mathcal{F}_t \right], \\ D_- x(t) &= \lim_{h \to 0^+} \mathbb{E} \left[ \frac{x(t) - x(t-h)}{h} \Big| \mathcal{F}_t \right], \end{align} ここで、\(mathcal{F}_t\) は時刻 \(t\) までの情報を含むフィルトレーション。

2.2 平均速度と拡散速度

\begin{align} v(x,t) &= \frac{1}{2}(D_+ x + D_- x), \\ u(x,t) &= \frac{1}{2}(D_+ x - D_- x). \end{align}

2.3 ネルソンの運動方程式(確率的ニュートンの法則)

\begin{equation} m D_+ D_- x(t) = - \nabla V(x(t)), \end{equation} ここで \(V(x)\) はポテンシャルエネルギー関数。

2.4 拡散速度の定義と連続の式

拡散速度 \(u\) を密度関数 \(\rho(x,t)\) を用いて次のように定義: \begin{equation} u = \frac{\hbar}{2m} \nabla \ln \rho, \end{equation} また、質量保存(連続の式)は以下で与えられる: \begin{equation} \frac{\partial \rho}{\partial t} + \nabla \cdot (\rho v) = 0. \end{equation}

2.5 運動方程式の密度表現

運動方程式は \(v\) および \(u\) を用いて次のように変形される: \begin{equation} m \left( \frac{\partial v}{\partial t} + (v \cdot \nabla)v - (u \cdot \nabla)u - \frac{\hbar}{2m} \nabla (\nabla \cdot u) \right) = - \nabla V. \end{equation}

2.6 量子ポテンシャルの導入

密度 \(\rho\) に基づく量子ポテンシャル \(Q\) を定義: \begin{equation} Q(x,t) = - \frac{\hbar^2}{2m} \frac{\nabla^2 \sqrt{\rho}}{\sqrt{\rho}}. \end{equation}

2.7 波動関数の定義

次のように波動関数 \(\psi(x,t)\) を定義する: \begin{equation} \psi(x,t) = \sqrt{\rho(x,t)} \, e^{i S(x,t)/\hbar}, \end{equation} ここで、\(v = \nabla S / m\) を仮定。

2.8 シュレディンガー方程式の導出

上記の \(\psi\) を用いると、連続の式と修正ハミルトン-ジャコビ式の組は次のようにまとめられる: \begin{equation} i\hbar \frac{\partial \psi}{\partial t} = -\frac{\hbar^2}{2m} \nabla^2 \psi + V(x) \psi. \end{equation}

3.Discussion

今回、虚時間について考えたが、実時間についてはどうとらえたらいいだろうか。これは、観測や実験で得られた結果、実数として現れた時間"測定時間"と考えたらいいのではないだろうか。つまり時間には、測定される前の虚時間と、測定された結果の実時間の、2つの時間が同時に存在する、と考えるべきである。そして虚時間は量子力学を司り、実時間は相対論の支配下にある、と二階建てになっていると考えると自然である。

4.Conclusion

今回の結果は、量子の基本的な性質が、時間が虚数であることから導かれ、それは時空がミンコフスキー時空であることから自然に導かれるため、不確定性原理が特殊相対論効果と言えることを示した。そして素粒子がブラウン運動となることから、ネルソンの手法によりその運動方程式がシュレディンガー方程式を満たすことを導出することができた。なお、本稿では位相一価性を仮定しており、Wallstrom 問題は今後の課題としたい。

Reference

Nelson (1966), Derivation of the Schrodinger Equation from Newtonian Mechanics*
Aharonov, Albert and Vaidman (1988) 弱値の原典
Nelson (1966), Wallstrom (1994) 確率力学の基礎と問題点